もう一歩先の景色へ~育成の現場、アースフレンズ東京Z~

もう一歩先の景色へ~育成の現場、アースフレンズ東京Z~

2016年、日本バスケットボールにとって歴史的1ページとなったBリーグの誕生。

それから3年後、日本バスケットボールはW杯に出場を果たし、オリンピックへの切符も手に入れた。

それだけ聞けば、順風満帆に見える日本バスケットボール。しかし世界の一国として見れば、日本はまだバスケットボール後進国と言わざるを得ない。

未来を考えるとき、必ずと言っていいほど、「育成」というワードが登場する。そんな私も10年ほど「育成」に携わる指導者を経験した。

「育成」に正解はない。

その瞬間の結果だけで正解かどうかを判断することができないのが、「育成」の難しさであり、面白さでもある。

しかし、1つ言えることは、日本が世界大会に出場し続けることやそこで勝利すること、ノックアウトステージへの進出…日本バスケットボールが次のステップに行くために、トップリーグであるBリーグの成長とともに、「育成」の両輪が必要になってくることは間違いない。

今回はその「育成」にフォーカスして、アースフレンズ東京ZのU15をピックアップさせてもらう。

世界に通用する日本人選手を輩出する

アースフレンズ東京Z (以下東京Z)は東京の城南地区をホームタウンとする日本のプロバスケットボールクラブだ。

トップチームはB2リーグ(2部)に所属しており、東京Zが掲げるミッション、ビジョンがある。

ミッション

  • 日本代表が世界で勝利することに貢献する
  • 世界に通用する日本国籍選手を輩出する

ビジョン

  • 世界で戦えるプレーヤーを生み出す育成システム

また、Bリーグも3つの使命を掲げている。

  • 世界に通用する選手やチームの輩出
  • 徹底的にエンターテイメント性を追求
  • 夢のアリーナの実現

最初に掲げられているように、Bリーグもまた、世界に通用する選手やチームの輩出を使命として掲げている。

その中でも、現在、東京Zはより強く、明確に「世界」に意識を向けたクラブと言える。

そして、将来的に東京Zのミッションを達成するための鍵になるのがユースチームだと私は感じている。

「今と未来のバランス」

東京ZのU15を指導するのは33歳の岩井貞憲HC。

練習を取材する中で、最初に感じたのは選手達とのコミュニケーションの多さとその巧みさだ。

工夫された資料を使い、選手達に語りかける岩井HC

2時間半ほどの限られた練習時間の中で、全体のミーティングや個別のミーティングをする時間をある程度、確保していた。

もちろん時期などによっても違いはあると思うが、それ以外にもオンコートとオフコートでの関わり方のメリハリやミーティングの時の声の掛け方が非常に印象的だった。

当たり前の話だが、ユースといえど、岩井HCはプロコーチである。場面に合わせて声色を変え、表情を変え、全体に話す時、個別に話す時、どのようにアプローチをすればいいか。選手達の成長のために自身が伝えたいこと、選手達が興味を持つように映像なども作り、工夫を凝らしていた。

U15の選手達と岩井HCでは、年齢に倍ほどの違いがある。偶然にも私は岩井HCと同じ世代にあたる。思い返すと選手達と同じ年齢の頃に何気なく聞いていた誰かの言葉が、年齢を重ねていく過程の中で、

「そういうことだったのか。」

と点と点が線で繋がる時が何度もあった。

現状、東京ZもユースチームはU15だけであり、選手達はその後、高校に進学し、部活動でプレーを続けることになる。

それを踏まえても、岩井HCが様々な視点から選手達にかけ続ける言葉のシャワーは、選手達が成長していく過程の中で、大きな力に変化していくタイミングがあるだろう。そもそも、それぞれの人生を生きていく中で、何かを頑張る時の後押しにもなるのだと感じた。

何より、その瞬間にも、その言葉を理解して、動きが変わる選手も実際に見受けられたことは非常に驚きでもあった。

練習の中で岩井HCも

「今できることにフォーカスすること」

を強調して伝える場面があった。

しかし、まだ15歳の選手達には当然ながら、わからないことは多くあるだろう。

岩井HCはそのことをしっかりと理解し、「今と未来のバランス」を取りながら、言葉をかけ、選手達に様々なきっかけを与えようとしているのだと感じた。

質の高さと絶妙な余白の残し方

では、実際にどのような練習が行われていたのだろうか。

率直に私が感じたのは「質の高さと絶妙な余白の残し方」だった。

まず、その日の練習のゴール設定が明確であった。近々に大会がある場合とそうでない場合など、チームのスケジュールによって変化があると思うが、複数回練習を取材させていただき、練習の内容、強度にも違いがあった。

この年代において1番してはいけないことは過負荷による怪我とバーンアウト(燃え尽き症候群)だと私は考えている。

もちろんユースに集まる選手は基本的に高い意識を持ってコートに集まっていると思うし、東京ZのU15のメンバーは、本当にバスケットボールに向き合う姿勢、それ以外の挨拶や準備、片付けなどのキビキビとした行動も素晴らしかった。

だからこそ、そんな選手達を酷使しすぎてしまったり、オーバートレーニングでこの年代で消耗させてしまっては元も子もない。

しかし、東京ZのU15の練習はそんなことは微塵もなく、非常に質の高さを感じる時間だった。

ある日の練習は、リバウンドのトレーニングから始まった。

それはレクリエーションのような要素もありながら、フィジカルコンタクトの向上であったり、タイミングの駆け引きであったり、様々な要素が含まれていた。選手達は笑顔で取り組み、岩井HCも含めて笑顔が絶えない。

笑顔で練習に取り組む東京ZのU15のメンバー達

そこから練習が発展していく中で…最終的には5on0のトレーニングで、そのリバウンドに入るところまでがしっかりと組み込まれていたことは、さりげないが、非常に質の高い練習プログラムだと感じた。

 練習の中で、岩井HCも

「どうして最初にリバウンドの練習から始めたのか、しっかりと考えよう!」

と選手達に語りかけた。

その時に選手達の中には、すでに理解していた選手、その時に気づいた選手、正直まだピンときていない選手とそれぞれではあった印象だが、この練習プログラムのつながりは「育成」の年代にこそ重要で、間違いなく彼らの成長のスピードを上げていくと思う。

私たちが部活動でプレーをしていた頃は、厳しい練習だったり、ボールを使わない練習の量が非常に多かった。もちろんその全てが悪いとは思わないし、必要なものもたくさんある。しかし正直、私自身もそれをする理由が分からずに、それをやれば強くなれるという、曖昧な考えしか持っていなかったことをその時に思い出した。

しかし、東京ZのU15の選手達はそのような質の高い練習をし続けることで、自身のバスケットボールIQも高まるだろうし、選手同士のコミュニケーションを取る機会も多く、コーチから言われた時は???となっていた選手も、仲間から説明を受けることで、理解が深まっている選手もいたことが印象的だった。

また、チームのバスケットボールのベースの中で、選手の感性に任せる部分も印象的だった。

東京ZのU15ではポジションを固定することなく、全員が全てのポジションの動きをトレーニングする。

取材を行った日も、大会に向けて5人の動きを確認する場面で、全ての選手が全てのポジションの動きを順番にトレーニングしていた。

岩井HCも基本的に5アウトの戦術を用いてチームを構成し、全選手に様々な視点からのバスケットボールを経験させたいという考えがあると語っていた。

その中で、もちろんチームとしてベースとなるプレーや動きは存在するが、それ以外の部分は複数の選択肢を提供したり、選手の感性に任せるような声かけが印象的だった。

イメージする。考えることによって、トレーニングがより主体的になり、楽しさも増してくる。

岩井HCのトレーニングはその

「絶妙な余白の残し方」

で、チームのベースの中で、それぞれの個をしっかりと成長させるようにトレーニングが構成されていると感じた。

「絶妙な余白の残し方」でいえば、練習の前後は選手達の判断で行う個人練習に当てられ、複数の選択肢から自身がその日取り組む内容を自身で決め、トレーニングを行う時間が設けられていた。

このように東京ZのU15では、選手達が自発的に動ける、判断できるような環境が作り出されており、それは試合の中ではもちろん、今後高校、大学に進学する時に自身でしっかりと考えてセルフマネジメントをする力のベースにもなるはずだ。

そんな「質の高さと絶妙な余白の残し方」が、今だけでなく、数年後にそれぞれのいる環境で大きな花を咲かせることを期待してしまう私がそこにいた。

環境、お金、人材

今回、東京ZのU15を取材させて頂き、本当にこれからの日本バスケットボールに期待は大きくなった。しかし、課題がないのか?といえば、むしろ課題は多くあるのが現状であると思う。

簡単にいえば、環境、お金、人材と言える。

環境は、東京ZのU15は現在、固定の練習場所はなく、ホームタウンの体育館を確保し、点々としている。これはトップチームにも言えることである。ただ、様々なことを考えるとやはり固定の練習場があるとないとでは大きな差があると言っていい。

育成年代でいえば、栄養の部分でも片付けをしてすぐに体育館を出ないといけない場合と、片付けをしてから、補食を食べ、ミーティングなどができるクラブでは、長いスパンで見れば成長に大きく影響を及ぼすことは想像にたやすい。

Bリーグのユースの中でも、すでに固定の練習場があるチームも存在はするが、より多くのチームがそのような環境を作れるかどうかは課題の1つである。

次にお金である。Bリーグの誕生によってバスケットボールに注目が集まり、多くのお金が集まるようになった。しかし、ユースはどうか?といえば、まだまだユースにまで注目が集まることは正直少ない。しかし、ユースにこそ投資が必要であり、先ほども触れた栄養の部分や身体のケア、もっといえば教養、そして世界を目指すという視点で考えれば、語学など。もちろんそれは親御さんの努力も必要だと思うが、より良い環境を作るためには、そこに多くの投資が必要であり、やはりお金がユースに回ってくるような仕組みを作らなくてはいけないことはリアルだと思う。

日本の育成年代はお金の話がタブーな印象もあるが、「教育に投資をする」と考えれば、多くの経験値を得るためにも、ある程度のお金が必要ではあることは間違いない。

最後に、人材である。実際に東京ZのU15もそのほとんどを岩井HCが1人で担当をしている。他のチームを見てみれば、2人体制や複数人体制のチームも存在するが、ある意味、様々なコーチとの関わり、「育成」ということを考えば、様々な「大人」との関わりも成長には欠かせない。

それを整備するためには、先程のお金もやはり無視はできないし、育成のスペシャリストのようなコーチを育成しなくてはいけなかったり、引退後の選手をコーチとして育てる環境も今後は必要になると思う。

実際、サッカーなどでは以前、ユースのコーチがトップチームのアシスタントコーチに昇格するケースなどがあった。それは単純に人材不足からくる部分もある。コーチが増えることで見られる範囲とアドバイスも増えることを考えれば、やはり人材の確保も今後大切になってくると思う。

他にも課題はたくさんあるだろう。各チームによって直面する課題は違うと思う。しかし、いかにこの育成年代に正しくスポットを当て、注目を集めるか。(正しくとは、変にスターを作り出し、過剰な注目を集めることは逆にマイナスであることから)

まずは、より多くの人がバスケットボールのユースの活動を知ることで、様々な課題解決の1歩目になると感じた。

将来、この中からBリーグや日本を飛び出し、世界で活躍する選手が出てくることを想像すると、非常に楽しみで仕方ない。選手、保護者、関わるコーチの質も意識も高いからこそ、より多くの人に彼らの活躍や努力を知ってもらい、日本のバスケットボールの裾野がより広がることで、世界に通用する選手が多く誕生することだろう。

そのために私たちにできることがまだまだたくさんあるのだと思う。

可能性に溢れ、バスケットボールを心の底から愛している育成年代の彼らが、いつか日本のバスケットボールを想像のしなかったステージに導いてくれると私は信じているし、そんな日がくることが楽しみにでたまらない。

エクストラパスはユースチームの活動を応援しています。

今後も不定期ですが、ユースチームの活動、練習のレポートを更新していきます。取材などにご協力いただけるクラブ、チームがございましたら、ぜひ、お気軽にご連絡をください。

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